東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学研究系 自然環境学専攻




2010.6.15朝日新聞朝刊:データロガーを使った生態調査について(北川貴士助教)

海・空 くっつき行動探る

動物に小さな装置を取り付けて、海の中や空の上など、人間が簡単には観察できない場所での行動を探る――。「バイオロギング」と名付けられたこうし た研究手法は、日本が得意とする分野のひとつだ。最近は情報を集めるデータロガー(装着型記録計)の高性能化で、多くのデータが得られるようになってき た。小型化も進み、調査の対象は、日本の研究者が装着しただけでも100種以上に広がっている。

◇記録計が進化 対象動 物100種超

長野県の木崎湖で2日、東京大学大気海洋研究所の田上英明特任研究員が、捕獲した外来魚のコクチバスを再び放した。背中に生分解性の糸でネット を縫いつけ、重さ約9グラムの最新式のロガーなどがベルトで縛りつけてある。

この時期、バスの雄は巣で卵や生まれたばかりの子どもを守 る。泳ぎに伴う加速度の変化などから防御行動を調べ、この魚の高い適応力について調べるのが目的だ。

◇すしダネ、クロマグロにも

ロガーの開発は、1970年前後に日米欧で始まった。80年 代には、ロール状の小さな紙へ細い線で潜水深度を記録するしくみのアナログ式が、ペンギンやアザラシで使われた。デジタル式の時代に入ると、3軸方向の加 速度など多種類の情報を、ひとつの小さなロガーで集めることも可能になった。

東大の北川貴士助教は水産庁と共同で、高級すしダネとして名 高いクロマグロにロガーをつけた。長さ10センチの円筒形で、温度や水圧のほか明るさ(照度)も記録する。回遊の生態を解明し、日本が漁業国として資源管 理を進める上での基礎データにするのがねらいだ。

長崎県対馬沖で長さ約40~80センチの若魚を釣り、229匹に取り付けた。このう ち、漁業者が再捕獲した32匹のデータを解析した。その結果、日本近海の若魚は同じ海域の中をぐるぐると泳いでいたり、一気に1千キロ以上を突き進んだり して、様々なパターンで回遊していることが分かってきた。

照度からは日の出や日没の時刻がわかるため、クロマグロがたどった緯度経度も算 出できる。1匹は約2カ月かけて、米カリフォルニア沖まで回遊し、1日あたり100キロのペースで泳いでいた。「なぜ一部の個体だけが太平洋を横断する大 旅行をするのか。今後の研究課題だ」

ユーモラスな姿から人気のマンボウにロガーを装着し、太平洋へ放したのは国立極地研究所の渡辺佑基 助教たちだ。水族館では分からない、自然界での行動を探った。

浮きと一緒に取り付けたロガーは6時間たつとタイマーが作動してベルトが 切れ、マンボウから外れて海面に浮かんでくる。浮きについた発信器からの電波を頼りに、船で回収する。ロガーには、一気に100メートルも潜るような活発 な泳ぎの様子が記録されていた。背びれと尻びれを打ち振りながら進む力強い泳ぎ方も、加速度データから確認できた。

昨夏からは、ロガー と同時にカメラを乗せて行動を探る研究も始めた。5秒に1回、計1万枚の写真を撮影できる。「餌のクラゲをどんなときに食べているのか、マンボウの食事の しかたを解明したい」

福山大学生命工学部の渡辺伸一講師らは岡山県の笠岡市立カブトガニ博物館と協力し、絶滅危惧(き・ぐ)種カブトガ ニの生活を解明する計画だ。

漁の網にカブトガニがかかると連絡が入る。そうした個体にロガーを装着して水槽に放し、どんな加速度データが 得られたら餌を食べたり、砂に潜ったりしているのかを調べた。その上で昨夏、頭部にロガーと超音波発信器を付けた1匹を海へ放した。ロガーの回収はうまく いかなかったが、「改めて挑戦し、採餌や休息、越冬などに重要な場所を特定して保護に役立てたい」と話す。

東大大気海洋研の佐藤克文准 教授らは、カワウに装着し、子育て中の1日の行動を明らかにしようとしている。3羽のデータから日の出とともに飛び立って餌を取り、日没まで餌を集める様 子が分かってきた。

◇実験規模に課題も

ただ、ロガーなどによって動物の行動を制約 しないよう、経験的に重さは体重の3%程度にとどめるべきだとされる。小さな動物を調べていくには、もっと軽くする必要がある。鳥類の場合、今のところ調 査対象は体重500グラム程度までだ。

日本の研究はデータの精度は高いものの、装着個体数の面で欧米に見劣りする例が多い。北海道大学 北方生物圏フィールド科学センターの上田宏教授は「ロガーの回収努力を重ねるとともに、実験のスケールを大きくすることも課題だ」という。

長 く国内の研究を先導してきた極地研の内藤靖彦名誉教授は「データロガーを使えば、人間がだれも見ていない世界の情報を動物が運んできてくれる。バイオロギ ングの技術によって、海の環境変化などを常時監視するしくみを築くことも可能ではないか」と夢を語っている。


20100615朝日新聞朝刊記事